東京高等裁判所 平成4年(行ケ)183号 判決 1995年3月28日
東京都江東区木場1丁目5番1号
原告
株式会社フジクラ
(審決時の商号、藤倉電線株式会社)
同代表者代表取締役
加賀谷誠一
同訴訟代理人弁理士
竹内守
同
村迫俊一
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
同指定代理人
會田博行
同
井上元廣
同
吉田敏明
同
市川信郷
同
酒井雅英
同
吉野日出夫
同
関口博
主文
特許庁が平成2年審判第15643号事件
について平成4年7月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、「ヒートパイプ」と題する考案(以下「本願考案」という。)について、昭和60年8月8日、実用新案登録出願をした(昭和60年実用新案登録願第120819号)が、平成2年7月5日、拒絶査定を受けたので、同年8月27日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成2年審判第15643号事件として審理した結果、平成4年7月10日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成4年8月24日、原告に送達した。
2 本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載
「鉄系の密閉されたパイプの内壁にウイツクが設けられ、作動液として水が封入され、一端を蒸発部、他端を凝縮部、中間を断熱部としたヒートパイプにおいて、少なくとも凝縮部及び断熱部のパイプの内壁に水素と反応し易い金属化合物がメッシュ状又は繊維状のウイツクとして装着されてなることを特徴とするヒートパイプ。」(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 昭和48年特許出願公開第31544号公報(同年4月25日出願公開、以下「引用例」といい、引用例記載の発明を「引用考案」という。別紙図面2参照)には、水を熱媒体とし、鉄成分を構造体とするヒート・パイプでは、鉄と水との反応により、ヒート・パイプの凝縮部での熱媒体の液化の妨げとなる非凝縮性ガスである水素が発生するので、これを吸着する物質(化学吸着材が適する)をヒート・パイプの構造材の一部、例えばウイツク構造の一部として熱輸送特性を長時間良好に保つ方法が記載され、このような吸着材としてパラジウムの海綿体や焼結体、ニッケルと並んで酸化亜鉛が具体的に開示されている。
(3) 本願考案と引用考案を対比すると、両考案は、鉄製パイプで水を作動液とするヒート・パイプにおいて、発生する水素を処理する材料でウイツクを形成し、ヒート・パイプの性能劣化を避けるという点で一致する。
これに対し、本願考案では、ウイツクを形成する材料として、水素と反応し易い金属化合物を用いているのに対して、引用考案は水素を吸着する物質(化学吸着材が適する)を用いている点(相違点1)、本願考案は上記ウイツクを少なくとも凝縮部及び断熱部の内壁に装着するとしているが、引用考案では少なくとも上記の両方の部分に同時に装着した具体例は示されていない点(相違点2)で相違する。
(4) 相違点1は、本願考案の水素と反応し易い金属化合物とは、具体的には、CuO、FeO等の金属酸化物であるが、引用例にも金属酸化物の一種である酸化亜鉛が開示されており、これを用いる場合は材料の機能の表現方法が異なるだけであり、実質上同一である。
同2は、前記水素処理部材の配設箇所も凝縮部及び断熱部を含む管内面全体にわたる点も本出願前周知(例えば昭和56年特許出願公開第142391号公報)であるから、引用例記載の水素と反応し易い金属化合物の一種である酸化亜鉛でウイツクを形成し、これを水を作動液とする鉄製のヒート・パイプの少なくとも凝縮部及び断熱部を含む内壁に装着してみることは当業者にとって格別困難性のあることではない。
そして、本願考案は、上記の構成を採ることにより格別の作用効果を奏するものとも認められない。
(5) したがって、本願考案は、引用考案及び周知技術から当業者がきわめて容易に考案することができたものと認められるから、実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、(1)の「水素と反応し易い金属化合物」の技術的意義については争うが、その余は認める。同(2)、(3)は認める。同(4)、(5)は争う。審決は本願考案の要旨の認定を誤った結果、ひいては各相違点についての判断を誤り、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
(1) 相違点1についての判断の誤り(取消事由1)
<1> まず、本願考案の実用新案登録請求の範囲にいう「水素と反応し易い金属化合物」の技術的意義についてみると、上記の「水素と反応し易い金属化合物」とは、「水素と還元反応し易い金属酸化物」を意味するものであることは、以下に述べるとおりである。すなわち、
上記の「水素と反応し易い金属化合物」における「反応」とは「還元反応」、すなわち化学反応を意味するものであり、この点は被告も争わないところである。そして、水素と還元反応し易い金属化合物は、化学常識的にみて、金属酸化物であることは明らかであることからすると、実用新案登録請求の範囲中の前記記載の技術的意義はそれ自体、一義的に明確というべきである。
仮に、前記実用新案登録請求の範囲の記載に不明確なところがあり、上記の記載自体から前記のように一義的にその意義を確定し得ないとしても、本願明細書の考案の詳細な説明には、「本考案のヒートパイプは凝縮部Bにおいて・・・水素ガスが発生するが、例えばCuOなる水素ガスと反応し易い金属酸化物が存在するために、水素ガスは該金属酸化物と反応し、
CuO+H2→Cu+H2O
となり水に還元され結果として水素ガスの発生を防ぎ、水素ガスによるヒートパイプの性能劣化を避けることができる」(5頁4行ないし13行)と記載されていることを参酌すれば、実用新案登録請求の範囲中の前記記載が「水素ガスを還元反応で除去し、水(熱媒体)とすることができるようなCuOで代表される金属酸化物」すなわち、上記「水素と還元反応し易い金属酸化物」を意味することは明らかである。
<2> 審決は、酸化亜鉛が前記の「水素と反応し易い金属化合物」に含まれ、具体的には本願考案で使用される酸化銅の場合と実質的に同一であるとする。しかし、酸化亜鉛は水素で還元されにくいものの典型であり、この点からみても、前記の「水素と反応し易い金属化合物」に含まれるものではない。この点について被告は、酸化亜鉛には水素の化学吸着性があることをもって、前記の「水素と反応し易い金属化合物」に含まれると主張するが、化学吸着は化学反応とは異なる概念であり、本願明細書において化学吸着に言及する記載は全く存しないことから明らかなように、本願考案は化学吸着を含むものではないから、被告のこの点に関する主張も失当である。<3>したがって、引用考案の酸化亜鉛が本願考案の酸化銅と実質的に同一であるとした審決の相違点1についての判断は誤りである。
(2) 相違点2についての判断の誤り(取消事由2)
ヒート・パイプにおける水素処理材が凝縮部及び断熱部の全体にわたって配設されることが本出願前周知であったことは一般論としては妥当であるということができる。しかし、審決のいうように酸化亜鉛で上記箇所にウイツクを形成することが当業者が容易になし得たものとはいえないから、相違点2についての審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
1 取消事由1について
<1> 本願考案の実用新案登録請求の範囲中の「水素と反応し易い金属化合物」における「反応」が還元反応(化学反応)を意味するものであることは原告主張のとおりであるが、そのように読み換えて考案の要旨を認定しても、審決の認定判断に影響しない。
<2> 原告は、引用例に記載の酸化亜鉛は水素と還元反応し易くないので、本願考案の水素と還元反応し易い金属化合物に含まれないとし、酸化亜鉛を本願考案の酸化銅と実質的に同一とした審決の判断は誤りであると主張する。確かに、酸化亜鉛が水素で還元されにくいことは原告の主張するとおりである。しかし、甲第12号証には、「Aの吸着は酸化亜鉛が部分的に還元されてできたZnが吸着点になると考えた」(94頁5、6行)との、また、「Eischensらは高温型吸着による酸化亜鉛の電導度変化はごく少量の水素の吸着による酸化亜鉛の亜鉛への還元よる金属亜鉛の生成によるものと考えている。」(95頁4、5行)との各記載があり、これらの記載によれば、酸化亜鉛に対する化学吸着における、A型(低温型)、あるいはB型(高温型)の両方の吸着型において、酸化亜鉛が還元され、亜鉛を生ずることは明らかである。そして、水素を化学吸着する場合には、水素と吸着媒との化合物が生成し、これはすなわち、吸着媒が還元されることを意味するものである(このことは乙第9号証、乙第2号証から明らかである。)から、化学吸着が化学反応であることは疑問の余地がない。
以上から明らかなように、水素の酸化亜鉛への吸着が還元反応であることは、明白であって、したがって、本願考案における水素と還元反応し易い金属化合物と、引用例の水素を吸着する物質(化学吸着材が適する)とは実質上同一の物質であるとした審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2について
ウイツクの形成に関する本出願前の周知の技術水準に基づけば、化学吸着能の良い酸化亜鉛を特定の箇所に配設することに困難性を見いだすことはできないから、相違点2についての審決の判断に誤りはない。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3並びに本願考案と引用考案との間に審決認定の一致点及び相違点が存在することは当事者間に争いがない。
2 本願考案の概要
成立に争いのない甲第2号証の1(本願明細書のマイクロフィルムの写し)、同甲第2号証の2(平成1年12月20日付け手続補正書)、同第2号証の3(昭和61年5月15日付け手続補正書)及び同乙第4号証(昭和60年11月7日付け手続補正書)によれば、本願考案の概要は、以下のとおりであると認められる。
本願考案は、鉄系のパイプで作動液を水とするヒート・パイプに関するものである(明細書1頁下から3行ないし末行)。従来のヒート・パイプは、密閉されたパイプの内壁にウイツクと称される毛細管構造材を配置し、このウイツク内に少量の作動液を封入して、一端を蒸発部、他端を凝縮部、中間を断熱部として構成されていた(別紙図面1、第2図参照)。このようなヒート・パイプにおいては、作動液に水を使用する場合には、特に凝縮部、断熱部及び蒸発部と断熱部の界面において、下記式のように、水と鉄が作用して水素ガスを発生する。
Fe+2H2O→Fe(OH)2+H2↑
3Fe(OH)2→Fe3O4+2H2O+H2↑
ところが、水素ガスは非凝縮性であるため、凝縮しないまま、凝縮部に滞留して循環せず、見掛け上、伝熱面積を小さくしてヒート・パイプの性能を劣化させるとの問題点があった(明細書2頁2行ないし3頁14行、5頁4行ないし7行、昭和61年5月15日付け手続補正書2枚目1行ないし4行))。そこで、本願考案は上記の問題点の解決を課題としたもので、実用新案登録請求の範囲記載の構成を採択することによって、水素と反応し易い金属酸化物が前記のとおり凝縮部等で発生した水素ガスを、例えば上記の金属酸化物としてCuOを使用した場合には、下記式のような反応をすることにより、水に還元し、結果的には殆どの水素ガスの発生を防止することを可能ならしめるとの作用効果を奏するものである(明細書3頁16行ないし5頁14行)。
CuO+H2→Cu+H2O
3 取消事由1について
(1) 前掲甲第2号証の2によれば、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、前記本願考案の要旨の記載と同一であると認められる。
そこで、上記の実用新案登録請求の範囲の記載中の「水素と反応し易い金属化合物」の技術的意義について検討すると、上記記載中の「水素と反応し易い」が「水素と還元反応し易い」との意義であり、また、上記の「反応」が「化学反応」を意味するものであることは当事者間に争いがない。
ところで、被告は、「化学吸着」は「化学反応」に含まれるから、上記の「反応」も「化学吸着」を含むと主張するところ、審決の趣旨が引用例に開示された酸化亜鉛は水素を「化学吸着」し易いものである以上、本願考案の金属化合物についての上記要件を充足し、この点において本願考案は引用考案と実質的に異ならず、相違点1は実質的な差異ではないとしたものであることは当事者間に争いのない前記審決の理由の要点中の「引用例記載の水素と反応し易い金属化合物の一種である酸化亜鉛」との摘示部分及び被告の主張に照らして明らかである。
そこで、まず、本願考案の実用新案登録請求の範囲における上記「反応」すなわち「化学反応」が「化学吸着」を含むものであるか否かについて、以下、検討する。
(2) 前掲甲第2号証の1ないし3及び同乙第4号証によれば、本願明細書には、前記「反応」すなわち「化学反応」の技術的意義について、これが「化学吸着」を包含するものである否かにつき格別言及した記載を見いだすことはできないから、上記の技術的な意義は当業者における一般的な理解に従ったものと解するのが相当というべきである。
そこで、「化学反応」と「化学吸着」の関係に関する当業者の一般的な理解について、以下、検討する。
<1> まず、「化学吸着」についてみると、成立に争いのない甲第10号証(物理学辞典編集委員会編「物理学辞典」昭和59年9月30日株式会社培風館発行)の「化学吸着」の項には、「固体表面に原子(分子)が付着したときに、表面第一層の原子と付着原子との間で電子の交換をし、化学結合を形成する吸着をいう。」(301頁左欄33行ないし36行)との、同甲第11号証(志田正二編「化学辞典」昭和56年3月9日森北出版株式会社発行)の「化学吸着」の項には、「固体表面とこれに接する均一相内の分子との化学的結合によって生じる吸着.」(224頁左欄8行ないし10行)との、各記載が認められ、これらの記載によれば、「化学吸着」とは、固体表面とこれに接する(均一相)の原子又は分子との化学結合を意味するものと解することができる。
なお、成立に争いのない甲第23号証(井上敏他3名編「岩波 理化学辞典」1953年11月10日株式会社岩波書店発行)の「吸着」の項には、「気相または液相中の物質が、その相と相接するほかの相(液相または固相)との界面において、相の内部と異なる濃度を保って平衡に達する現象をいう.」(320頁右欄下から13行ないし9行)との、同乙第2号証(豊田博慈他訳「基礎物理学ハンドブック」昭和50年6月25日森北出版株式会社発行)の「吸着」の項には、「1°2つの相の界面にある境界層において物質の1つ(成分)の濃度が高くなる(濃縮)ことを吸着〔adsorption〕という。たとえば、固体または液体の表面に気体または溶液を構成している物質の濃度の高まりが生じる.」(177頁5行ないし8行)との、同乙第5号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典2」(昭和35年6月30日共立出版株式会社発行)の「吸着」の項には、「物質が相の界面と内部とでその濃度または密度を異にして平衡にある場合に、その濃度の片寄りを吸着という.」(820頁右欄21行ないし24行)との各記載が認められ、これらの記載によれば、「吸着」とは、2つの層(相)が接する界面において、接する液体又は気体の濃度が内部と異なる現象をいうものと解される。
以上によれば、「化学吸着」においては、上記の界面において生ずる現象が「化学結合」によって生ずるものをいうものと解される。
<2> ところで、前掲乙第2号証には、「化学吸着のときには、吸着物質の分子は吸着媒と化合物をつくる.」(177頁17行)との記載があるところ、成立に争いのない乙第1号証(財団法人国際科学振興財団編「科学大辞典」昭和60年3月5日丸善株式会社発行)の「化合物」の項には、「2種以上の元素からなる物質で、もとの元素とは異なった性質をもっているものであり、常に一定の組成を示す」(213頁左欄下から11行ないし9行)との、同甲第19号証(玉虫文一他7名編「岩波理化学辞典」第3版増補版1981年2月24日株式会社岩波書店発行)の「化学反応」の項には、「1種または2種以上の物質が、それ自身あるいは相互の間において原子の組換えを行ない(反応し)、もとと異なる他種の物質を生成する変化.化学変化と同義であるが、とくに過程そのものに重点をおくとき、化学反応といわれることが多い.」(221頁右欄下から27行ないし21行)との、同甲第20号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典2」(昭和35年6月30日共立出版株式会社発行)の「化学反応」の項には、「物質がそれ自身あるいは他の物質との相互作用によってほかの物質に変化する現象をいう.」(314頁左欄3行ないし6行)との、同甲第21号証(物理学辞典編集委員会編「物理学辞典」昭和59年9月30日株式会社培風館発行)の「化学反応」の項には、「化学反応とは原子の組替え(結合の生成・切断)を伴う分子の状態変化をいう.化学反応は分子・原子の衝突や光の吸収によって起る.」(303頁左欄下から10行ないし6行)との、同甲第22号証(志田正二編「化学辞典」昭和56年3月9日森北出版株式会社発行)の「化学変化」の項には、「物質自身が別種の物質に変化するか、あるいはその属性が変化する場合をいう.物理変化に対比される.化学変化を受ける物質では物質内あるいは物質間で原子の組換えが起こるか、あるいは新たな化学結合が生成する.化学反応と同義であるが、化学変化という場合は変化の結果を重視し、化学反応という場合はその過程を重視することが多い.」(227頁左欄26行ないし33行)との、各記載を認めることができ、以上の各記載によれば、「化学吸着」において、界面において生ずる「化学結合」が、「化学反応」に含まれるものと解することが可能というべきである。
<3> そこで、上記認定の<1>及び<2>を踏まえ、本出願前において、「化学吸着」と「化学反応」が当業者においていかなる関係にあるものとして理解されていたかについて検討する。
前掲甲第23号証(「岩波理化学辞典」)の「吸着結合物」の項には、「吸着化合物ともいう.吸着によってある物質がほかの物質の表面に結合して生ずるものをいう.これは真の意味の化合物とは異なる(→).」(321頁左欄15行ないし20行)との、同乙第2号証(「基礎物理学ハンドブック」)には、「化学吸着は低温においてゆっくり進み、その速度は化学反応速度と同様に温度の上昇とともに大きくなる(活性化吸着〔activated adsorption〕).」(177頁20、21行)との、同乙第5号証(「化学大辞典2」)の「吸着化合物」の項には、「極性吸着剤に対する電解質の吸着は化学結合に近いが、ときとしては通常の化学反応と区別される場合がある.たとえばコンゴーレッドは新しく沈殿した水酸化アルミニウムと振トウすると青色の沈殿をつくる.これらはコンゴー酸と水酸化アルミニウムとの間の吸着化合物である.これを熱すると赤変してコンゴー酸のアルミニウム塩ができるが、これは真の化合物である.吸着化合物はこのように通常の化合物より区別できる吸着状態の不安定な化合物のことである.」(820頁右欄下から10行ないし821頁左欄3行)との、成立に争いのない甲第14号証(高田雅介他1名「酸化物半導体の導電率に及ぼすガス吸着効果」窯業協会誌87〔1〕1979)には、「吸着には物理吸着と化学吸着の2種類がある.・・・化学吸着は気体と固体の種類により異なり、物理吸着よりも高温で起こる.その反応速度は温度に依存し、一般に表面で電子移行を伴う.単分子吸着をするのでLangmuirの吸着等温式に従う.このように化学吸着は化学反応と類似の関係にあるものと考えられており、Taylorはこの種の吸着を活性化吸着(activated adsorption)と呼んだ.」(14頁左欄Fig.1.下1行ないし11行)との各記載を認めることができ、これらの記載によれば、「化学吸着」は、界面における現象に限ってみた場合、「化学反応」と同一ないし類似した側面を有するものということができるが、「化学吸着」は界面における現象に限定される点において、両者は異なる概念として理解されているものと解するのが相当である。
<4> したがって、以上、検討したところによれば、「化学吸着」と「化学反応」とは、界面において生ずる現象が化学反応である点において両者共通ないし類似した側面を有するものの、前者が2つの層(相)が接する界面において生ずる現象に限定される点において後者と区別されて理解されている概念であり、上記の各刊行物の記載の仕方から見て、このような理解が当業者の一般的な理解であるとみるのが相当というべきであり、他にこれを左右する証拠はない。
そうすると、本願考案の実用新案登録請求の範囲の前記「水素は反応し易い金属化合物」の「反応」が「化学反応」を意味するものであることからすると、「化学吸着」を包含するものと解することができないことは一義的に明確であるというべきである。もっとも、前記のように、「化学吸着」においても界面において「化学反応」が生じている場合があることからすると、この点に着目して、発明の詳細な説明において、上記「反応」に「化学吸着」を含ましめることを明記するなどしたような特段の事情がある場合には、「化学吸着」を含んだものとして「化学反応」を理解すべき場合もあり得るところである。
<5> そこで、以下においては、上記のような特段の事情を認めるに足りる場合に当たるか否かについて検討する。
前掲甲第2号証の1ないし3及び同乙第4号証によれば、本願明細書の考案の詳細な説明中には、格別、化学吸着に言及した記載を見いだすことはできないし、かえって、本願明細書には、本願考案の「(作用)」として「上記せる如くヒートパイプの少なくとも凝縮部及び断熱部内壁に水素と反応し易い金属酸化物を装着することにより、該金属酸化物が凝縮部で発生した水素ガスと反応することにより水に還元されるために結果的には殆ど水素ガスの発生を防止する。」(4頁3行ないし9行)、また、「(効果)」として「本考案のヒートパイプは凝縮部Bにおいてパイプと鉄と作動液の水とが反応して、
Fe+2H2O→Fe(OH)2+H2↑
3Fe(OH)2→Fe3O4+2H2O+H2↑
により水素ガスが発生するが、例えばCuOなる水素ガスと反応し易い金属酸化物が存在するために、水素ガスは該金属酸化物と反応しCuO+H2-Cu+H2Oとなり水に還元され結果として水素ガスの発生を防ぎ、水素ガスによるヒートパイプの性能劣化を避けることができるものである。」(5頁3行ないし14行、昭和61年5月15日付け手続補正書2枚目3行、4行)との各記載を認めることができ、これらの記載によれば、上記の水素ガスと水素と還元反応し易い金属酸化物であるCuOが還元反応して、発生した水素を水として循環させるものであって、上記の還元反応が化学反応に該当することは明らかというべきである。
のみならず、審決が本願考案の金属酸化物に含まれると判断した酸化亜鉛についてみると、酸化亜鉛が水素で還元されにくいことは当事者間に争いがなく、また、その化学吸着に関する性質をみると、成立に争いのない甲第12号証(尾崎萃編「触媒工学講座10 元素別 触媒便覧」昭和42年2月25日株式会社地人書館発行)には、「(A)水素の吸着 酸化亜鉛は活性化するために前処理を行なわなければ水素を化学吸着しない.この活性化は真空中で約400℃に加熱するとか、あるいはそれよりやや低い温度で水素と接触するような方法で行なわれ、この前処理のさいに少量の水蒸気および炭酸ガスが発生する.このように前処理した酸化亜鉛に対して相当多量の水素が吸着され、例えば水素の臨界温度の2.3倍に当る77゜Kで1気圧で水素を吸着させると、BET表面積の80%を覆う位多量に化学吸着するといわれる.室温以下では急速に可逆吸着をするが、室温以上では急速な化学吸着とともに一部ゆるやかに吸着されるものがあり、このことについてTaylorらは図5.1に示したように、吸着の途中に温度をあげて、温度の上昇に伴う急速な脱着と、脱着の後に来るゆるやかな吸着を観測し確認している.」(93頁16行ないし28行)との記載が認められ、この記載によれば、酸化亜鉛が化学吸着するためには、活性化するための前処理が必要であるし、また、化学吸着が異なる2相(層)間の界面において生ずる化学反応ないしはこれに類似した反応であり、かつ、酸化亜鉛が水素と還元反応しにくいという当事者間に争いのない前記事実からすると、上記のような前処理を行うことなくして、水素の化学吸着が生じ易いものとは認め難く、本件全証拠を検討しても、酸化亜鉛が前記のような前処理なくして水素を化学吸着し易いとの事実を認めるに足りる証拠はない。
しかるに、前掲甲号証及び乙号証によって本願明細書を精査しても、水素の化学吸着に不可欠な酸化亜鉛の前処理に言及した記載を何ら見いだすことはできない。
したがって、以上に説示したところによれば、本願考案の実用新案登録請求の範囲の前記「反応」が、化学吸着を包含するものと解する特段の事情を見いだすことはできないから、本願考案は化学吸着による場合を包含していないものというべきである。
被告は、この点について、前掲甲第12号証の「Aの吸着は酸化亜鉛が部分的に還元されてできたZnが吸着点になると考えた」(94頁5、6行)、「Eischensらは高温型吸着による酸化亜鉛の電導度変化はごく少量の水素の吸着による酸化亜鉛の亜鉛への還元よる金属亜鉛の生成によるものと考えている。」(95頁4、5行)との各記載を援用して、これらの記載によれば、化学吸着が化学反応であることは明らかであると主張するところ、前掲甲第12号証によれば、被告主張の上記記載が認められるところではあるが、化学吸着が界面における化学反応を包含するからといって、化学反応が、当然に、化学吸着を包含するものといえないことは既に説示したとおりである(被告の援用する前掲乙第2号証及び成立に争いのない乙第9号証の記載事項は上記認定判断を左右するものではない。)から、被告の上記主張は採用できない。
(3) してみると、本願考案が化学吸着による場合を包含するとして、引用考案における酸化亜鉛と本願考案における酸化銅が実質的に異ならないとし、相違点1は実質的な差異ではないとした審決の判断は、本願考案の要旨の認定を誤った結果、相違点1についての判断を誤ったものといわざるを得ず、取消事由1は理由がある。
(4) 以上の次第であるから審決の相違点1についての判断は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく審決は違法であり、取消しを免れない。
4 よって本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>